IYs井上です。今年も気づけば、3月中旬です。そして3月11日は、東北の震災があった日なので、日本人には忘れられない日となっています。私たち設計事務所でも、原発被災地の双葉町に近い浪江町のプロジェクトを進めていますが、今も街には人が少なく震災の痕跡が昨日のように街中にあります。
さて、事例解説の4つめ、私たちが独立初期に設計した「桜並木のワンルーム住宅」を紹介します。
本棚にあいた窓の外に桜並木が見える
こちらの住宅は、大工である主人と、インテリアデザインに携わる奥様の家です。クリエイターと大工さんがタッグを組んだ最強コンビのような感じで、実際にほぼ夫妻が自分たちで作り上げた家です。設計は、私たちIYsが手掛け、夫妻も細部に関与しながら全体を決めていきました。
立地は、目の前が大きな公園と、桜並木のある通り。宅地が道路から2m程度上がっており、宅地に立つとちょうど桜並木が目の前に。この目前の桜並木に対して、どのように建てるか?といったところがテーマとなりました。
クリエイター夫婦なので、要望は多数ありました。大きな壁面本棚、吹抜、桜の見えるインナーテラス、大開口、等等。一番難しかった要望が、開放的な広い空間と、籠った場所のあるジャングルジムのような楽しい家、、、という相反する要望でした。プランを考えていくと、すべてを入れることは難しいという所にぶち当たります。そんな時は、要望の中で何を捨てるかという取捨選択を迫られますが、私たちは、捨てながらも、要望を兼ねることで1つでも多くの要望を取込んでいきました。
「目の前の公園を取込むこと」
吹抜という床に穴を空ける設計方法は、限られた床面積を削除することになり、必要な部屋数を確保できなかったので、私たちは、2Fの床を約1m程度通常よりも上げ、とても天井高の高い大きな気積のリビングをつくることにしました。
これにより、吹抜的な開放感を得ながら、床面積は確保するという一石二鳥の計画が可能になります。大きな公園のスケールを取込むように、個別の玄関は設けずに、玄関ドアをあけると、そのままリビングへ。最近の玄関ドアは断熱性能も良いので、このような計画が可能です。これによって、限られた面積でもより広く感じる大きなリビングになるように考えています。
そして、大きな壁面本棚を設けてしまうと壁がふさがり、開放感が減るという問題に対しては、一番大きな窓を設けたい桜並木側に壁面本棚をつくり、本棚自体に窓を組み込むという選択をしました。
これにより、桜並木側の窓は少々小さくなりますが、本棚と桜を望む窓が同時に成立しています。この造作の本棚は、大工である主人の自作。塗装まで自分たちで行っているので本当に手作りの家です。
玄関からオープンに続くリビング
もちろんキッチンも造作。家具屋さんに頼むのではなく、自分たちでつくれる設計としてつくっています。下地は、集成材やランバー材でつくり、仕上げに塗装や、木のパネルを貼っています。2列型という、加熱機器とシンクが分かれるタイプ。このタイプは、排気フードがリビング側にこないので、すっきりします。
グレーの天板は、モールテックスという防水性能のある薄塗のモルタル左官材。手で塗れるのに、キッチンの天板につかる防水性があるという超素材です。IHのヒーターやキッチンシンク、水栓は、それぞれ個別に選定し組み合わせています。これも造作キッチンならでは。
モールテックスの天板の造作キッチン
ちなみに、家具屋さんにお願いするキッチンと、大工造作のキッチンは3倍くらい値段が違います。家具屋さんクオリティは出せないですが、手作り感のある温もりが伝わるキッチンが仕上がりました。
中二階からみる
そして、2Fへとあがっていくのですが、開放感と同時に求められた籠り感は、スキップフロアという床を断面的にずらす方法で解決。1Fの大きな気積とは異なり、2Fより上は籠った感じの落ち着いたスペースとなっています。
2Fへと続く階段
ワークスペース
中二階は、ワークスペース。造作のカウンターや吊戸棚があり、日々の仕事を行います。このころはまだ、コロナでのリモートワークが進んでいなかった時ですが、今となっては、このような、大きなワークスペースが併設された住宅は日常となってきており、住宅の中にワークスペースがあるのは、当たり前になってきています。
中二階からみる
造作のカウンターや本棚は、後々かってくる棚を据え付けるよりも、建築にぴったりと納まり、一体化するのが特徴です。家の素材感とも合わすことができます。中二階は天井も近く、籠った雰囲気の空間となっています。このななめの天井は実は北側の斜線制限によるもので、低いところで床から1.7m程。普通は低く感じますが、連続すると、低さを感じない心地よい籠り感が得られます。
中二階から2Fへは鉄骨と木の組み合わせの階段。こちらも造作しています。鉄工所と大工さんの共作。こうした細かなオーダーが可能なのも地場の工務店ならではです。規格品を大量に発注することでコストを下げる方法とは、真逆のつくり方ですが、こうした手間のかかる工程が質感のよい空間を生み出しています。
階段下の手洗い
階段下も効率よく利用。小さなスペースも余すところなく、使っています。階段下の使いずらいスペースは、トイレ前の手洗いに。こちらも大工造作です。
洗面所も造作にて。モールテックスの天板と、下地は木のボックスをつくっており、ミラーは既製品。簡素につくっています。
印象的なリビングの柱
木造には思えない高い天井の住宅ですが、構造性能としては、きちんと担保しています。私たちは1棟1棟、部材1つ1つを構造設計し、余計な柱や梁が出ないように設計しいます。全体として、すっきりとした空間ですが、こうした空間が実現できるのもの構造設計者の力量によります。構造設計者の存在は、あまり知られていませんが私たち設計者にとっては、とても大切なエンジニアなので、良い建築をつくるには、きっても切り離せない工程です。
1つとして同じオーダーのない住宅設計ですが、多岐にわたるオーダーを設計のアイディアと構造の技術で実現し、1つの住宅が出来上がります。こうしてつくられた丁寧な空間は、時が経っても色褪せず、良さが増していくように思います。
ちなみに、こうした住宅づくりで夫妻の意見がことなることも多いですが、ゆったりとした空間が好きな奥様の要望と、籠った感じの好きな主人の要望の交錯をなんとか形にした本住宅だったのですが、夫妻共々満足いただきました。できてみると、ゆったりしたリビングには、主人が、籠った場所には奥様が良くいるという逆転現象が起きているとのこと。そういう良い意味での裏切りもある住宅設計でした。
―ワクワクを1から考える家づくり―
IYsは、心地よい、楽しい空間を1から考える設計事務所です。ご相談は、計画の初期段階でもZOOM等で随時受け付けておりますので、以下メールより気軽にお問合せください。m(@_@)m
info@iystudio.jp