WORKS

2つの隅窓のある音楽家の住宅

yokohama,2022 house

OVERVIEW

「眺望と5m超の擁壁」

音楽家の住宅だ。住まいに対する要望は、夫婦と子供1人が住むための居住空間と、防音性能のある部屋。そして、眺望のよい立地を生かした建物の構成である。施主家族はもともと高層階に住んでおり、そうした高層マンションのような空中に浮いたような居住空間を熱望していた。


宅地レベルから眺望のある北側をみる

眺望が良いということは、もちろん地面から高いということ。本立地は、地面から高いところで5mを超える崖の上に位置していた。


下の道路から敷地を見上げる

-建物を計画する前の敷地への考え方-

敷地は、造成から40年以上が経過した古い分譲地の一画だ。こうした分譲地は、造成され宅地化される際に「開発行為」という名目のもとで宅地造成され、宅地ごとの高低差はそれぞれ検査を受けた擁壁によって築造されているので、崖といえども安全性が担保されたものとなり、宅地に通常通り建物を建てることができる。

一方で、造成当時の形状から土地の前所有者によって、なにかしらの変更が加えられている場合、既存擁壁の安全性の担保はなくなるという自治体の判断になり、強固な擁壁であっても「擁壁が存在しない」という前提に立って上物の建物を設計する必要がでるのである。

本立地も元来の擁壁の上に別のコンクリートの土留めが重ねられている状態であったため、擁壁本来の安全性を考慮することができず崖には何もないという前提のもとで設計がスタートする。


擁壁を含む断面

―安息角という考え方―

話が長くなるが、この場合、擁壁の下端から安息角という崖が崩れたとしても土が残る角度を前提として、その角度より下に到達するように杭を差し込んで、建物の安全性を担保するという考え方が存在する。ただ、この安息角は5m超の場合、下端から30°となり、距離にして4m近い杭を差し込むことになる。こうした杭は施工費も高額だ。

さらに、簡易的な地盤調査をした所本宅地の地盤がとても硬いことが判明し、杭を機械で入れることができない程であったため、通常の安息角の考え方では、そもそも建物の計画が確認申請が通らないために成立しないという状況になった。仮に杭がなくても成立するような良好な地盤であったとしても現状の自治体による条例では、杭を打つことが必要であるという矛盾。

そこで私たちは、簡易的な地盤調査ではなく、「ボーリング調査」という精密な地質調査を実施し、地質の硬さを証明することで協議の上、崖がくずれた際の安息角を30°から45°へと引き上げることを可能にした。安息角が45°となれば杭の長さも短くなり施工できる範囲となる。

こうして、建物を建てる前段として崖、擁壁がらみの問題はクリアすることができた。崖の上の建築は結構大変なのだ。


眺望の良い方向へ開く

崖に対する対応は、難しいが立地は最高であった。北東側に抜けており目線があう建物もない。北側なので日射も抑えられるので大きな開口部を設置しても問題ないと判断し、建物が建てられるだけの目いっぱいの外郭を計画し、一部クランクした2つの隅にL型に開口部を設けた。2FをLDKの居住空間として天井高3.5mの大きな気積の空間と大きな開口が、どこまでも広がる眺望と住まいが一体となったような感覚となる。

また、大小の2つの屋上テラスを設け、庭が取れない立地であるが愛犬の遊び場であったり、バーベキューテラスとして使える場所とした。

―防音室―

そして音楽を生業としている家族故、防音性能のある防音室を設けている。防音室といっても様々で、内部で奏でる楽器によって様々な防音の種類がある。今回はピアノがメインであったため、大掛かりな防音ではなかったため、既成の防音部材を組み合わせメーカーと打合せする中で設計者オリジナルの防音室とした。

音楽室はなるべく気積が大きい方がよいため、基礎を一部掘り下げ、半地下として天井高を確保し、壁は音が反響しすぎないように一部を斜めにすることで音が拡散するように配慮している。また、防音室は、音が外部へ漏れないことへの配慮として給排気計画が重要であるが、給気と排気を部屋から離れた道路側に取ることで音が隣地側へ漏れることを回避し、距離を長くすることで音の減衰を得られる計画としている。


多角形の防音室形状

防音室の壁は、一般的な外壁構造の内側に2重の吸音ウールや遮音材を組み合わせている。また部屋の表層は、音を反響させたいか抑えたいかによって決まるのだが、今回は抑えたい側(デッド側)としたかったので、吸音率の高い表層仕上げとしている。こちらの仕様は、材料メーカーの体感ルームにて何度か確認し、施主とともに決定した。


防音壁の断面

都心部で眺望のよい立地の場合、その眺望と引き換えに崖という難関をかかえることになる。古い分譲地の場合、擁壁の安全性が担保されていない場合も多く、自治体もそうした古いものに対する考えが更新されないまま現在に至っている。種々の問題をクリアし、風景と一体となった住まいをつくることができたと感じている。

なお、既存の擁壁は苔に覆われていたが、高圧洗浄することで明るく綺麗な状態へと復元した。

所在地:神奈川県横浜市
用途地域:第一種低層住居地域
規模:約114㎡+ロフト
主用途:住宅
竣工:2022年
意匠計画:IYs-Inoue Yoshimura studio-
照明計画:IYs-Inoue Yoshimura studio-
構造設計:川田知典構造設計
施工:株式会社創建建設
写真:渡邊 聖爾

主な素材
屋根:ガルバリウム鋼板、金属複合板防水
外壁:軽量モルタル+吹付塗装
サッシ:アルミ樹脂複合サッシ
内壁:ビニルクロス
床材:磁器タイル、タイルカーペット、樹脂タイル