WORKS

木洞窟の住居

kamakura,2023 house

OVERVIEW

「木でつくる明るい洞窟住居」

鎌倉の40年程度が経過した古い分譲地の1区画の建替え計画である。古家付きの土地を購入し、古家を解体してからの新築計画となった。施主は、小さな子供3名と夫婦の5人家族。遊びたい盛りの活発な男の子3名が住むこと、元々庭付きのマンションで暮らしていたこともあり、庭をつくること、そして鎌倉の風致地区を満たすように敷地の周囲に空地と植栽を植えていくことが必須条件であった。部屋数は、子供たちの部屋と夫妻の部屋があればよく、それ以外は、大きな制約はない状態で、様々なプランを検討していった。

「谷のような立地」


南側の地盤面が高く採光面で不利になっていた


緑が見える立地。古家の植栽は一部残して再利用している

土地は、ゆったりと2階建てが建てられる程度に広く、道路も角地であったため、採光に関しては比較的有利であったが、南側に行くほど土地が高く、南の隣地地盤面は、計画宅地よりも約2m程度上がっており、1Fにおける南側からの採光は難しい状況にあった。また、東西方向にも少し離れると高い丘状になった木々があり、計画地は、谷の下にあるような状態であった、日の出、日の入りは、それらの影響で早いことも予想された。


谷のような立地

敷地の広さは比較的余裕があったため、プラン検討の幅は広くメインの居住空間を1Fと2Fどちらに設定するか、庭をどの方角にとるか等、いくつもの計画案を提示していった。

検討の結果、最終的に決定されたのは、1Fをリビングとして、建蔽率が許す範囲で平面形状を敷地目いっぱいに広げ、庭と繋がるLDKを大きくとり、敷地の周囲にある程度の距離をとりながら家は敷地の中央に建てるという計画となった。※下図C案


家と庭との関係

1Fに個室以外の居住空間を集中させる構成なので、2Fは1Fに比べて小さくなるが、外壁は1Fから垂直に立ち上げて、2Fの床のない部分を、大中小の吹抜とした。吹き抜けに面して大きな開口をとることで、吹抜を介して下階へと心地よい光を入れることができ、谷状になった立地や南側が高い採光面で不利な状況を解決できると考えた。また、住空間自体の気積を増やすことで5人が同じ空間にいるという、込み合った状況でも心理的に心地よい距離感が生まれるのではないかと考えた。


吹抜を介して下階へと光を入れる

吹抜沿いに設けられた窓は、1Fから見ると空が見え、隣地の圧迫感や谷状になった敷地の状況を感じさせない明るい空間となっている。

「あかるい洞窟のような空間をつくる」

大小に空いた上方からの光が差し込む様子は、自然の地形にある洞窟のような状況に近いと考え、そうした洞窟的な空間的安心感や居心地の良さを本計画にも持たせるように計画を練っていった。


洞窟の上方から光が差し込む

平面形状も大小の吹抜と、閉じた水回りや個室空間を交互に配置することで、すべてを見通すことができないが、全体としては繋がっている立体的な地形のような広がりをつくっている。


オープンな空間と閉じた空間が交互に配置される

プランは、行き止まりがなく、ぐるぐると回遊できるプランとした。家の中をぐるぐると回遊していると、大小の吹抜を介して明るい光が差し込み、断面的に空間がつながることで、上下階の一体感が生まれる。


家の様々な場所を吹抜が繋げている


視線を抜けるように計画することで心理的な広さを獲得する

「平面計画と立体計画」

一般的に住まいを計画する時に思い浮かぶのはまずは、「間取り」という言葉だ。間取りという言葉は、平面を基本とした部屋の配列を示す言葉だ。元々日本の家屋には2Fはなく、平屋が主であったこともこの間取りという言葉の認知の所以かもしれない。一方で、現代の住宅では、密集した限られた立地に住むことになるので、おのずと住まいは2F建て、3F建てと立体的になっている。「間取り」という言葉では表現できない空間的な計画が必要になることが多く、本計画でも間取りという部分では表すことができない、2Fを含めた立体的な空間計画を試みている。

平面での関係性と、高さ方向も含めた関係性の広がりの違いは大きい。


平面的な空間と立体的な空間の座標

特に2人以上の多人数が同じ空間に同居することになると、各々の関係性はとても複雑になっていく。平面的な移動の他に縦の移動もあり、その移動の中で見えてくる室内風景や行動、活動の振れ幅が、平面から立体へと膨らむことでより多様性を増して豊かな住空間をつくることができるのではないだろうか。


立体的な移動が生む活動が絡まるイメージ

在宅で仕事をしたり、ご飯の支度をしたり、みんなでお菓子をつくったり、庭とリビングを行き来しながら、子供たちがはしゃぎまわったり、明るく立体的な住空間が、新しい家族の風景をつくる。太古から続く洞窟のような空間的心地よさは、今後何百年、何万年経ったとしても人間が感じることができる動物的な感覚であり、表面的な流行が変わっても左右されることのない価値観なのではないかと考えている。

なお、本計画地は、敷地がほぼ正方形で、建物の平面も正方形であったため窓を含めタイルや小窓など、様々なデザイン要素をほぼ矩形にて計画している。単純な形状の繰り返しによるデザインは、自然の中のフラクタル的構成にも似ていて、新しい自然のような質をもった住まいであるとも考えている。

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「構造計画」
木造在来軸組工法を採用。いくつかの吹抜を計画しているが、吹抜上部には床を設けない計画とし、且つ大中小の吹抜に分割することで、スパン割を小さくし小断面の材料で成立する計画とすることで、コスト的な合理化を図っている。また、屋根組も水平剛性を小屋部分でとることで、屋根は束建てとして小径の材料で計画することができた。

「照明計画」
壁付けを基本とした電球照明を計画し、効率よく全体を照らすことで照明の総量を抑えた。

「温熱計画」
窓をはじめとして外皮の断熱性を担保した上で、小屋裏の熱気をダクトにて基礎内に戻し室内へと放流することで上下階の温度差を解消し、基礎内部の熱を利用するエコな空調計画としている。

「外構計画」
家の周囲を庭やアプローチ等の植栽エリアとして、風致地区で求められる緑化率をクリアしている。北側の道路際にあったモチノキの生け垣はそのまま解体せずに残し、選定して新しい家の植栽として利用している。植栽は、施主自ら選定した。植えられる植栽に合わせて照明を計画し、周囲が夜暗くなっても道を照らす外灯のような役割をもたせた。

所在地:神奈川県鎌倉市
用途地域:第一種低層住居専用地域 風致地区
規模:約106㎡
主用途:住宅
竣工:2022年
意匠計画:IYs-Inoue Yoshimura studio-
照明計画:IYs-Inoue Yoshimura studio-
構造設計:川田知典構造設計
施工:株式会社坂牧工務店
写真:渡邊 聖爾

主な素材
屋根:コロニアルグラッサ
外壁:軽量ラスモルタル+アクリル樹脂系塗装
サッシ:アルミ樹脂複合サッシ
内壁:ビニルクロス、インテリアラーチ
キッチン:大工造作+塗装
床材:リノリウム、オーク突板複合フローリング

設計期間:約6か月
施工期間:約6か月

施主の声:我が家の家づくりは新型コロナウイルス真っ只中でした。何とか購入出来た土地は、古家解体費などもあり予算オーバー気味…夫は現実至上主義、私は理想を追い求めタイプ…中々建築会社が決めれずお金の心配も常に尽きませんでした。そんな最中IYsさんのとある建築事例を見つけ心が動きました。きた!!と。夫に相談すると建築家!?いやぁ、無理でしょ…と。対面での初打ち合わせの際に図面と小さな模型を持ってきて下さって私はもちろんのこと、乗り気でなかった夫の嬉しそうな笑顔。その日の夜にIYsさんに決めよう!と夫婦で即決でした。

設計依頼後に改めて幾つかのプランをご提案いただき、一際面白くてワクワクしたプランが今の私達のお家です。打ち合わせを重ねる度に、私達家族にとってのベストな提案やアドバイスをして下さったこと、妻の私のダメ元の要望も真摯に受け止め、限りある予算の中でより良い方向性を導いて下さいました。建築中は近所に住んでいたこともありほぼ毎日顔を出していましたが、現場はいつもきちんとしていて大工さん達も毎回親切に対応して下さいました。今、住み始めて4ヶ月が経ちました。

9歳の息子に控えめに言ってこのお家100点だよ!!と言って貰えたことが私達夫婦の何よりの喜びです。6歳と2歳の息子達もキャッキャと大騒ぎしながら毎日回遊しています!家族5人、皆家が大好きです。IYsの皆様、坂牧工務店様素敵な家を建てて下さりありがとうございました。子供達の成長と共に大切に暮らしていきたいと思います。※houzzより引用

―――設計者からのコメント―――

貴重なレビューいただきましてありがとうございます!土地購入+建物建築ということで、両者セットの場合は費用もかさみますし、
タイミングも難しいですが、ご縁あってお声がけいただきありがとうございました!前に私たちが設計した住宅を散歩で見かけていたというお話があったのは、とても驚きましたが、このようなつながりもあるのだなと思いました。

プランのご提案は、いくつかさせていただきましたが、一番アグレッシブな案を選んでいただいたのが、こちらとしても嬉しかったですし、設計をしていて楽しくもありました。ほぼお任せいただきながら、設計させていただいたので、私たちも思い描くものがご提案できたと思っております。特に、お子様男の子3名ということで、みなさん活発そうですし、設計する家のテーマとして子供たちが楽しい家であるということや、5人家族でも狭く感じない気積の大きさ、ということを念頭に設計しておりました。南側が高くなった土地だったので日当たりや明るさの面で、工夫が必要でしたが、最終的にはとても明るい家になったと感じています。

私としては、ダイニングの外にまとまった庭が取れたことや、リノリウムの床、ベニヤの仕上げ、キッチンをはじめとした造作の数々、気に入っている箇所がたくさんあり、住んでいくうちにどのように変化していくのかが楽しみでもあります。外構の植物も照明と合って良い雰囲気でした!

今後とも、ご家族皆様が素敵な日常を過ごせる家に育ってくれると良いなと思っております。この度は、貴重なレビューありがとうございました!※houzzより引用